最新薬物療法の早期実践のために~CMEが果たす役割とその公正・中立性~

薬物療法の最近の進歩はめざましい。日本では患者は最新の薬物療法について、公正かつ中立的なガイダンスをできるだけ早くうけとれるのが望ましい。しかしその情報が患者に届くまでの速さは十分でないかもしれない。主治医がその分野における医学的進歩について、up-to-dateされていない可能性や、たとえup-to-dateされていたとしても、治療選択肢を議論できるほどには至っていない可能性がある。そのうえ、患者がインターネットを介して入手する治療情報は、理解しがたく、不完全で、誤解を招く内容かもしれない。

本ミーティングにおいて、メディカルアフェアーズのエキスパート達が、医療従事者および患者を教育する上で直面している課題について議論し、アカデミア・学会・政府省庁との協力のもとに様々な解決策を提案する。

日本医師会常任理事(講演時、現副会長) 釜萢 敏医師による基調講演

日医生涯教育制度の対象となる講習会は、製薬企業の協力で多くの講習会が開催されているが、「公平性・公正性」が担保される必要がある。そのため、医療倫理に基づき、高度な医学の生涯教育を医療関係者に提供する役割を担う製薬企業メディカルアフェアーズへの期待は大きい、と発言された。

日医生涯教育は、「医療倫理」や「症候論」が中心の「カリキュラムコード」が演題毎に付与されて行われている。近年では、専門医共通講習に活用され、診療報酬の算定要件になるなど、公平性・公正性が公的に認められることとなっている。今後も制度の改善や質の向上に努めなければなりません、と講演を締めくくった。

MSD株式会社 AVPサイエンティフィック・アドバイザー メディカルアフェアーズであり、米国研究製薬工業協会(PhRMA)メディカルアフェアーズ委員会委員長を兼務する片山泰之医師は、CMEを標準化していくことで、現在進みつつある専門医機構による認定・更新制度が拡充し、医療全体の質を担保し、患者さんのアウトカムやパブリックヘルス全体の向上を目指していくことがとても重要であると理解していると言う。

「まだ、やるべきことは沢山あります」と述べるのはギリアド・サイエンシズ株式会社メディカルアフェアーズ本部 本部長 地主将久医師。医師がCMEの要件を満たしていたとしても、患者さんとのコミュニケーションがうまく取れない事があると説明する。「医師が、患者さんの視点に立って、患者さんとコミュニケーションを取れるようにする教育システムがあると良いと思います。」

グラクソ・スミソクライン株式会社メディカル本部長 カントリー・メディカル・ディレクター 向井陽美医師も、まだすべきことがあるという点について同意した上で、患者が専門医を評価できたり、同僚の医師が相互に評価できたりするとよいのでは、と提案する。

バイオ医薬品イノベーションエコシステムの最前線におけるCME

片山医師は、「新薬やワクチンを持続可能に開発して、その有用性を担保し、患者のアンメットメディカルニーズを満たしていくという製薬企業の責任を実現する」というバイオ医薬品イノベーションエコシステムの概念を紹介する。

CMEはこのエコシステムを実行する上で鍵となる。CMEによって、医師は最新の医学情報を得ることができ、患者はより多くのことを認識できるようになる。前途に待ち受ける課題はあるものの、医療業務を転換させる上でCMEがもつ可能性は計り知れないと片山医師は述べる。

「皆がお互いに恩恵を得られるような環境を、いかにつくっていくか、ということが重要ですし、われわれ製薬企業もその社会の一員なのです。」

開発のスピードに遅れずに、教育プログラムを提供していく

新しい作用機序が発見され、治験薬や承認薬の作用機序は複雑さや新規性が増している。

地主医師は、製薬企業が共有可能な情報を豊富に有していると説明する。「例えば、肺がんには様々な治療薬があります。これらの薬剤の適正選択をどのように推進すべきでしょうか? 教育プログラムの一つとして、医師達が適切に判断して製薬企業の豊富な医療資材を活用できるようにすることは非常に価値のあることだと思います。」

向井医師も同じ考えだ。向井医師が医師になって間もない1990年代には、抗体医薬が登場し、最近では核酸医薬品や細胞療法が可能となった。彼女は製薬企業に勤務することをきっかけに、それら最近の医薬品の進歩を学び、情報を手に入れる機会に恵まれた。 

「もし、医学部の学生時代からこれらの新規治療法に関する知識を更新できていなかったとしたら、最新の開発に追いついていくことは非常に難しかったと思います。」と向井医師は言う。

ただ、製薬企業は膨大な情報を有しているが、一企業のできることには限界があると、向井医師は続ける。「医療従事者や患者さんには、疾患治療の進歩について俯瞰的に見ていただくことが重要だと考えます。したがって、さまざまな企業が(情報を提供するために)いかに協働できるかを検討していくことが大切だと思います。」

メディカルアフェアーズが課題を克服し、医学教育提供の道を切り開く

日本では、メディカルアフェアーズ部門は医師の教育に専念するが、宣伝活動に関与してはならない。しかし米国ではメディカルアフェアーズは開発から市販後まで、医薬品開発の全プロセスを通じてデータを提供することができる。

日本におけるメディカルアフェアーズが抱える大きな課題の一つに、たとえ教育的な活動であっても、宣伝的な活動であるかのように見られてしまう点がある、と向井医師は述べる。「厚生労働省によれば、メディカルアフェアーズも営利企業の一部門であるため、どうしても営業側、コマーシャル側と同じように見なされてしまいます。ですから、メディカルアフェアーズがいくら公正・中立的に医学教育活動をしたくても、超えるべき多くのハードルがあるのです。」

地主医師は「公平・中立的な医学情報から、デジタル技術やAIにより、医師の行動変容を包括的に検証できることで、企業戦略の一部として活用しうる未来が実現できるのでは、と思っています」と将来的な解決策を提案する。その上で、「企業内のコンソーシアムあるいは企業間のコンソーシアムという考え方に基づいて、将来的に企業は医学教育と医師の行動分析を活用することにより客観性と公平性をもった医学教育に対して一層進歩した形で投資できるようになるかもしれない」と述べる。

コミュニケーションにおける患者中心主義と共同意思決定(Shared Decision Making):問題と課題

患者中心主義とは、医師と患者がともに解決策を模索し、互いの視点を理解し合い、情報に基づいた意思決定を行うことである。このコミュニケーションへの転換は、我々の患者の健康と幸福(ウェルビーイング)にとってきわめて重要だ。

「患者中心主義の目的は、患者さんのヘルスリテラシーを高め、医師が患者に共感し、ともに解決策を模索することです。患者さんはインターネットを用いて、正しいか正しくないかもわからない情報を入手することが増えてきていますし、医師も時々忙しさにかまけて対応することができていません」と片山医師。

残念ながら患者中心主義はまだ一般的とは言えない。片山医師は、「(医師は)患者さんに対して自分に従うように求めることもあれば、それが最善の方法だと言いながら、昔ながらの治療法を押し通そうとすることもあります」と述べる。

向井医師によれば、ある患者会が配布した「共同意思決定(Shared Decision Making)」に関する調査では、60%の医師がその言葉を知っていた一方で、患者は20%~30%しか知らなかったという結果であった。向井医師は、医師と患者のコミュニケーションにおけるギャップが存在していると説明する。「(患者さんは)『今、こういうことで困っているんです』とはなかなか言えず、『先生にこう言われたから、はい、そうします』と言ってしまいがちなのだと思います。」

地主医師も医師と患者のコミュニケーションのギャップに同意するとともに、この問題には二つの見方があると述べる。「一つ目は、患者さんの医学リテラシーの向上、二つ目はこの共同意思決定(Shared Decision Making)のプロセスを患者さんに認識させることです。」

CMEの質を向上させるための解決策

日本におけるCMEを向上させるためには、アカデミア、学会、製薬企業、日本政府など多くの関係者の協力が必要であることは、パネリスト全員の一致した意見だ。

「医薬品がなければ、患者を救うことも治療することもできないのは事実です」と片山医師。

具体的には、メディカルアフェアーズは生物学的経路やその経路を標的とする医薬品に関して、待ち望まれる最新情報を共有する方法を提供し、その情報を共有する手段を正式に確立することができる。その手段の中に、専門家によるコンソーシアム構築や学会との提携を含めることによって、専門医、一般医のみならず、若い医師、学生に対しても医薬品開発プロセスや医療倫理、そして患者への医薬品情報の伝達方法を教育することができるはずだ。


2024年9月25-26日開催のReuters Events:Pharma Japan 2024では、120分間のインタラクティブセッション・ハッカソンで「医師の生涯学習(CME)によるサイエンスの深化と医療人の育成」をとりあげます。

本セッションでは、ご自身も医師であり、またメディカルアフェアーズの牽引者である犬山 里代氏(大塚製薬株式会社 専務執行役員 メディカルアフェアーズ部長(兼)ファーマコビジランス担当)にリーダーとしてご参画いただき、医薬教育倫理協会(AMEE)に協賛をいただく形にて開催します。皆が互いに恩恵を得られるような環境をいかにつくっていくのか、皆さんの日々感じる課題と照らし合わせながら、メディカルエデュケーションを通して医療の課題に製薬企業としてどう貢献するのか、CMEの新しい流れを可視化したいと思います。


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